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2011年3月

2011/03/27

管理人の近況(その2)

 近況の続きです。
 
 2.計画停電
 
 今回の震災を受け、3月14日から計画停電が始まりました。
 ところが、当初はうちがどのグループに入るのか、全くわからない状態。たぶん、担当者の方も不眠不休で作業されたと思うのですが…細かく確定する前にとりあえず出した情報だったらしく、うちの地域が第2第3第4のどれかということしかわからなかったです。サイトはそのうちパンクしてつながらなくなるし、「いったいどうなるの?」でした。後に第3か第4とわかり、15日に停電して初めて第3と確定しました。
 
 計画停電は各グループの一部で実施されると報道されていますが、うちのあたりは第3グループの実施が確定すると必ず停電しました。
 意外に大変だったのが、毎日時間帯が変わること。家族を食べさせないといけないので、停電の予定と時計とをにらんで食事の準備をしました。台所はガスで使える状態ですが、換気扇が動かないので、使うとしても簡単な温め程度。
 
 生活のリズムが毎日変わるのは意外にしんどかったです。日中の停電では、お店も閉店したり、金融機関も止まったりしますから。交代勤務の方の苦労を垣間見た気がします。
 余震はあるし、学校も半日で登下校付き添いなど精神的に落ち着かない2週間でした。
 医療機器で命をつないでいる方は大変だと思いました。
 
 それでもここ1週間は日中の停電が回避され、対応も楽になりました。
 夜の停電で怖いのは、信号が機能しないこと。時折、パトカーや救急車の音が遠くに聞こえたりしています。
 
 東電のHPで電力の使用状況がわかりますが、夕方から夜間にかけてやはりピークが来るので、停電が無くても夕食の準備をできるだけ日中に済ませるように考えるようになりました。 
 
 週明けからは第3グループも5つに細分化されるようですが、予定がわかるのが27日の夕方らしいです。
 
 これから、夏場の停電がどうなるのか…方針がわからないだけに、気になるところです。
 
 それとは別に、首都圏の電力を他の地域の発電所に頼っている現実はいったいなんなんだろうと考えさせられます。
 原発がなければ、福島の人たちがあんな先の見えない、辛い思いをしなくてすんだと思うと、重い気持ちになるのです。

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2011/03/23

管理人の近況(その1)

 このたびの東日本大震災で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
 今はただ祈ること、義援金を送ること、被災地に思いをはせ、日々を懸命に送ることぐらいしか思いつきません。それでも心は被災された方と共にありたいと思っています。
 
 今回は片付けの記事をお休みして、こちらさいたま市北区における、当ブログ管理人の近況をお伝えします。
 
 1.本震と余震について

  こちらでの本震は震度5弱。私は集合住宅の1階に住んでいますが、まともには立っていられませんでした。中腰で揺れが治まるのをただ待っていた感じ。高いところのものはいくつか落ちましたが、家具の転倒もなく家財への影響はありませんでした。
  ただ、3階から上の階では食器が割れたり家具が倒れたりしていたようです。周りの家の目立った被害は、瓦屋根の棟瓦が落ちたりずれたりするもの。築年数と言うより棟の方向で被害状況が違う感じです。
  当日は15時30分頃子ども達が帰宅し、19時頃夫が帰宅しました。全員無事で安堵しました。
   
  余震は回数は減ったものの、震度3程度は週に数回あります。微妙な揺れは「自分が揺れたのか?それとも地震?」とよくわからなくなっています。これは私だけではないようです。
   
  緊急地震速報を逃さないため、ラジオをつける日々です。速報後に揺れを感じたら、子どもに自転車用ヘルメットをかぶせてものの倒れてこない部屋に行かせ、部屋のドアを開けて避難路確保しています。
  テレビはニュース映像に私が疲れてしまい、子どもも不安が増えるようでした(あからさまには言いませんが)。なので夫がいるときや子どもがアニメを見るときくらいしかつけません。

  お子さんのいる家庭では、様子に気を配り、可能でしたら子どもの寝たあとでテレビニュースを見てはいかがでしょうか。
   
   (次回に続きます)

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